定期券があるのでお金の心配はないが、わざわざ電車に乗って買い物に出ることなど滅多にない。つまり、ツバサの言葉は間違いではない。
だが、それを見事なまでに言い当てられると不愉快だ。
故に肯定もしない美鶴に、ツバサは気付いていないのだろうか? 無邪気に笑い、ひょいっと美鶴が手に持つビニール袋を覗く。
「何買ったの?」
「……… シャンプー」
答えたくはなかったが、これ以上無視するのもなんとなく子供じみているようで、答えざるを得ない。
「へー 何使ってんの?」
何だっていーじゃんかっ!
そう怒鳴りたかったが、制する間もなくツバサはさらに覗き込む。
「えー 何これ? 見たことない。見せて見せて」
あっという間に取りだし、しげしげとパッケージを見つめる。
「こんなの初めて。見たことないなぁ〜 美鶴、これ使ってんの?」
「まぁ」
「銀梅花の香り…… へー、知らないなぁ〜 どんな香り? 私もシャンプー減ってきたんだよなぁ〜 一個使ってみようかなぁ〜」
そう言って、店の棚を軽く探してみるが
「あ もうないよ」
「え?」
丸い瞳がクリクリと美鶴を見下ろす。
「これ、最後の一個だから」
「えー そうなのぉ?」
残念そうに左手を後頭部に当て
「じゃあ、他の店でも探してみるか」
そう言って肩をひょいっとあげる。
他の店――――
いくつか当たってみたが、どこにも見つけることはできなかった。
だが美鶴の立ち寄る店というのは、所詮このような小さな小売店か、家から近めの量販店だ。
ツバサのように、美鶴とは違う家庭環境に身を置く人間ならば、美鶴には立ち寄れないような店や、もっと遠くの、名古屋あたりの店にまでも、買い物に行くことがあるかもしれない。
そういうところにならば、置いてあるかもしれない。
「あの…… さぁ」
少し俯き、視線をツバサと合わせないように逸らせながら、なぜだが少し不機嫌そうに口を開く。
「何?」
「そのぉ」
そこで一度口を閉じ、ヘの字に曲げて躊躇しながら、だが結局は再び口を開く。
「もし見つけたらさぁ 教えてくれないかな?」
「見つける? 何を?」
「これ。シャンプー」
「はい?」
ツバサのキョトンとした態度に、イラっと目を閉じる。
「どこかの店でこのシャンプー見つけたら、教えて欲しいんだよねっ」
頼んでいる身でありながら、なんとぶっきらぼうな言い草か。
一方ツバサは、美鶴の態度が理解できないまま首を傾げる。
「あぁ… それは構わないけど」
そう言って店内を見渡す。
「美鶴はここで買ってるんでしょ?」
「今まではね」
と言うか、まだこれで二回目だが。
「次もまた入ってくるかどうかわからない」
そう言って、決まり悪そうに口を尖らせる。
「他の店もいくつか当たってみたんだけど、置いてないんだよね」
「あぁ そうだね。私も今まで、見たことないもんなぁ〜」
そこでようやく納得し、ツバサがポンッと自分の胸を叩いた。
「いいよっ 見つけたら美鶴にも教えてあげる。いろいろ探してみるよ」
そこで身を少し屈めて、ククッと笑った。
「美鶴がそんなに気に入ってるんだったら、私も是非使ってみたいしね」
そうして、どう答えてよいのかわからず目を泳がせる相手に向かって、片目を瞑ってみせるのだった。
ツバサから自宅へ電話がかかってきたのは、それから三日後のこと。
電話番号は以前、嫌がる美鶴から強引に聞き出していた。
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